2009-09-01から1ヶ月間の記事一覧
暮らしとモデルルームとは雲泥の差がある。 暮らしには、灰汁も出れば泥もかぶる。 けれど本物の虹が拝める。
笑顔でまたねと挨拶したあと、後姿に「またね」ともう一度言いたくなる時がある。好意を自覚する瞬間だ。
思い出は、今を際立たせる反射鏡だ。
思いから言葉までの道のりは、なんていろいろなんだろう。
数え切れない程の人・もの・事ではあっても、 「出会う」はいつも、ひとつずつだ。
美しい大人とは、身に付いた予断もするりと脱ぐ事の出来る人だ。
何かの理由で禁煙の時が来ないとも限らないので、 味わって美味しく頂きますと、火を点ける。
「死」について考えるたび、何故かいつも「生ききる」にたどり着く。
思いは、必ず50音の中にある。漂うがいい。
力は、意識をしなくなった頃思いがけずついてたりする。
私の海馬は、稀にあばれ馬になる。 でも大丈夫。一夜の涙で、鎮まる。
「言葉」の前身は「気配」だ。
動くものを見ている時は、動かないものも見ている。
ひとつひとつの記憶は、大人にならない「いたずらっ子」のように体内を巡っている。
たぶん。 いつも明日の私に誘われて、今日に居る。
それでいいのか?と自分を冷まし、これでいいのだと自分を燃やす。 その行ったり来たりに飽きも焦れもなくで、いたい。
何かの拍子に、無性に「おかえり」と言われたくなって、 鬼籍の扉を開けてしまいたくなる私を、 莫迦だなあと笑ってください。
どうせなら、持ちたくて持った荷物は笑顔で持ちたい。
私の手は、シャベルよりもうんとうんと小さいので「一個」ずつ、生きようと思います。
そうまでして守りたいもの?と たまに問うてみる。 すると何やら軽くなる。
全ての事象は、それぞれ横顔を持っているのね。
炎天下を歩いて、影の有難みを知る。